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つきあたりを右に

つれづれと思うままに綴る

「物言わぬ君たちがあの子を見殺しにした」

いじめ問題が報道されて、様々な口から「むごい」とか「自分の辛い過去思い出した」と言葉が出てくるわけだけど、報道されるような実例は、案外わかりやすいドラマティックなものしかなくて、今もなお誰にも知られず、それは行われていることだろうというのが、また悲しい話で。


報道されるような「いじめ問題」

  1. 加害者による、身体加虐、金銭の強要または強奪、精神的苦痛を与えられた
  2. 目撃者や加害者によって、それが明らかな事実として判明している
  3. 被害者がそれらの苦痛に耐えられず死亡してしまう、あるいは自害する
  4. 被害者遺族が訴え、それが明るみになる

このセットがあって初めて「それが起きていた」ことが事実となる。でも、本来であれば人が死ぬほどの事が起きる以前に解決されるべきであるし、そもそも「いじめ」という現象自体が起きない方が良い。けれど、これ、未然に防ぐの絶対無理な気がする。


生き残ったいじめられっ子たち


のいじめられた経験って人によりだいぶ程度が異なると思う。それこそ、「部活でハブられて苦痛で辞めた」とか、「クラス中から”アイツはバカにして目下の人間として扱っていい”という認識が徹底されていた」とか「自分の私物をいたずらされた」とかとか。報道されるようなケースでは暴力で怪我を負うような事だったり汚物を口に入れさせらりとか、そういうわかりやすいものが取り上げられるが、「攻撃されないが、この状況を打破できない」という環境を作られてしまうことも、いじめの現象だろう。


自身の経験で「スクールカーストの中の下」を強要されたことと、受験を優先して部活を退部した後に、絡んだことのないクラスの女子にあれやこれや負のイメージを吹聴されたことがあった。当人は「くだらねーっていうかうっとおしいなー」くらいにしか感じなかったけれど、地味にあれは性格が歪むし、「スクールカーストの中の下」の強要をしていたのはクラスの中の中心的女子グループだったので、自分の女性恐怖症と女性に対する不信感はそこで形成されているような気がする。


というか、年齢年代関係なくどこでも発生してるんじゃね?実は


いじめ問題って大抵「学校」っていう舞台で起きてるって認識しがちだけど、実際同様の現象はそれでこそ SNS の中でさえ起きるようなものだと思ってる。経験あるはずだ、職場だろうと、オフ会だろうと、「あ、あの人来てないね」←(実は呼んでさえいませんでした) というパターン。


「それはいじめというよりハブられてるだけではないか?」 。ああ、あなた多分その人いじめられてたら放置するんでしょうね。おそらくその人が同じ職場でパワハラ受けてようと「あーあの人かわいそう…」「耐えられないなら転職してしまった方があの人の為だよね…」で何もしないでしょうし、SNS で誰かが誹謗する事をやっていても、庇い立てしないで別の水面下チャットで「なんかあったのかねー」とかウワサして終わりなのではないでしょうか。


コミュニティの”人”を点にしたネットワークはノードツリーでなく、多層パーセプトロンのような構造で、各起点である人は接続してるそれぞれの他人への”つながり”に重み付けをしている。それはネットワークに”不人気”な部分や、優先的に”断線させる”対象ができる構造である。


だから結構な割合で「気に入ってる人たち」「敵に回すと怖い人たち」と重み付けしていく中で「どーとなっても別にどーでもいい人たち」というのが大多数を占め、そしてそれらはどうでも良いが故にあまり気にさえかけなくなる。「敵に回すと怖い人たち」が「どーでもいい人たち」を迫害しているという状況だからこそ、あなたは動く事もなく、平穏な日常を過ごそうと見て見ぬふりをする。


「あなたたちもいじめられっこを死ぬまで放置するような人ですよ」


仮に過去に傍観者という立場になっていて、身を乗り出していじめられっ子を庇った経験のある人でも、かつて、自分がいじめられっ子の立場としてつらい日々を送っていた人でも、頭の片隅にこう言いかけておく必要があって。


もし過去に友をいじめから救った経験があるなら、それは、たまたま「気に入っている人たち」がその被害を受けたから、そしてそれがどうしても嫌だったからだ、と思っていた方がいい


毎日毎日、都内のどこぞの沿線で人身事故起きて電車が遅延するけど、それがアナウンスされた時に手を組んで黙祷するやつとか見たことねーぞ。大抵「あーダルいなー、こっちは早く帰りたいんだよ…」くらいに顔歪めるのがせいぜいではないか。それが悪いというわけではない。けれど、そんな程度だろう、見知らぬ人の苦しみなど


理屈をぶっ飛ばした「道徳教育」とかで洗脳するしかないのでは


そもそも発生しないのが理想であっても、みながみな依怙贔屓と軽蔑軽視を駆使して人を選り好みするゲスで、平気で人の名誉を蹂躙できるし、人の承認欲求を無視して捨て置けるクズであると過程しておいた方がこの手の問題の対策の糸口となりそうで。


実際、いじめ問題に対して効果のある対策って、「起きた場合のトラブルシューティング」だったりする。「そもそも起きないようにする」のではなく。


もし、本当に起きない事を理想とするのであれば、宗教的教義を幼児期から徹底的に刷り込ませるしかないのだと思う。


論理も理屈もまるでないけど、日本の「道徳」の授業って水からの伝言を題材にするくらい非科学的なんだから、理屈になってないモラルを無理やり植え付けるの得意じゃないですか


「あの子が傷ついているのは、物言わぬ君たちが隣にいながら見捨ててるからだよ」