つきあたりを右に

つれづれと思うままに綴る

手垢まみれになったネタを言及することについて

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 読んだ本について書評でもネタにしよかな、なんて思って本のタイトルについてぐぐったりすると、すでに幾人の秀逸な記事があったりして書くにの引け目を感じてしまう時がある。というか、書けない。

 ブログはみんなと同じようなことを書いても、ただ陳腐化するだけ。同じネタを扱うなら何らかのプラスαがなければはっきり言って書いている自分ですら楽しくとも何ともない。

 例えば、2chのコピペがガセであることを追求する記事だとかは、手垢のついた「みんなの知り得てること」に対して異を唱えている。おまけにそれまでの「みんながネタに食いつく現象・心理」のメタ議論まで発展したりと単純な知識から知恵の昇華につながる記事の書き手になっちゃったりする。

 はてブのコメントは辛い評価だけど、正直読み手としては「これはひどい」をつけざるのは得ない。なんでって、この手の記事が始めて出回った頃から半年近くたっているのに、何の工夫も他の書き手がどう書いているかも見回ることもせずただ知識として垂れ流しているだけ。それも、誤りを含んでいる知識を。

 世に叛乱する玉石混合の情報を記事によって真偽を見極めたりして知識から知恵へ濾過していくのがブロゴスフィアの本領であり、それを目指すのがブロガーの良識なんじゃないかと。





そして、実はこんなことを堂々と書けるわけでも無い自分が悔しい